音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。音楽に偏りまくった脳みそ、感性で前のめりに世界の勉強をします!マイブームは建築です!よろしくお願いします!

あなたがずっと貴方らしく

6月の土曜日、わたしは中央線の最終電車に駆け込みました。終電に間に合ったことに安堵して呼吸を整えていると、隣の席の女の子がバイオリンケースを膝に抱え泣いているのに気付きました。真夜中の電車の窓は鏡みたいで、首を女の子の方に向けなくとも、身体の構造に従って顔を向くべき方向に向かせれば、窓にぼうっと女の子の泣き顔が浮かんでいるのをどうしても見てしまいます。女の子は淡いピンクのハンカチを鼻に押し付けながら、赤い目をして泣いていました。向かいの座席のサラリーマンも、チラチラとこちらを伺っています。確かここら辺に音楽大学があったなぁ。と思いながら、わたしは鞄をゴソゴソするふりをして窓から目を逸らしました。

 

音楽を辞めてから、悲しいことなんて1つも起こらなくなりました。吐き気がするほどの緊張や、眠れない程のプレッシャー、高級そうなスポットライトを浴びながら、白い鍵盤に震える指でしがみつく時間が、人生からなくなったのです。

 

わたしが音楽を続けていても、どうにもならなかったと思います。わたしがやらなくても良いことなのです。卑屈でもなんでもなく、音楽を演奏することが自分の使命だと思う人がこの世にはいるのですから、喜んで、その人々に任せておこうと心の底から晴れやかな気持ちで思っています。

 

しかし、音楽のある生活は、特別なものでした。シンガーソングライターの応援歌が自分のために書かれたような気分がしたものです。わたしの人生はドラマチックに見えました。

 

いまも音楽を続けていたら、わたしは音楽を手段に世界を表現できるまでに成長していたでしょうか。それとも、以前のように、音楽のある生活のやりがいを処理するのにいっぱいいっぱいで、ほんとうの音楽の意味など知る余裕もなく、上手い友人の演奏を素直に聞けない悲しい音大生だったのでしょうか。

 

バイオリンケースを抱えた女の子の涙は、いまの私が共感できっこない涙です。どうぞ、あまり落ち込まずに。頑張ってください。