音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。音楽に偏りまくった脳みそ、感性で前のめりに世界の勉強をします!マイブームは建築です!よろしくお願いします!

◯◯◯

◯◯◯をやっていて思うことは、音楽は誰にでもできるということと、今まで私たちが信じて来たドレミやリズム記号という「言語」は世界に同時多発的に生まれ・廃れる数多くの言語の一例に過ぎないということです。

 

◯◯◯は音楽か否か、については幾らでも疑うことはできます。しかしそれと同時に音楽とはなにかと疑うことも幾らでも出来る、と気づいてしまった。全てが崩れた感覚。音楽に対する自論というか経験論というか、自分はこれを理解するために頑張ってきたという自負もややあったため、井の中の蛙だったなとショックを受けています。何にもわかっちゃいなかったしもう何も分からない。

 

なんとなく参加した◯◯◯ですが、いまは怖くて仕方ないです。ガムラン西洋音楽ではないという意味で、やってみたら同じ体験が出来るかもしれません。そのような音楽は今まで触れてこなかった、あるいは西洋音楽をやっている人達と共に「学び」として接して来たので、冷静に見ることが出来ていました。今思えば、客観視しているに過ぎなかったのかもしれません。

 

西洋音楽を専門としていない方々から◯◯◯を習い、共に練習していますが、楽譜どころか紙もペンも用いない中であの人達が◯◯◯を覚えていること、何年も継承していることが奇跡のように思えます。同じく口頭伝承されている獅子舞の調査などしてきましたが、やはり私は客観視してきたに過ぎなかったのでしょう。反省。

 

本番では、理論のないグラグラで生臭いこの◯◯◯に合わせて、これまた、初めて◯◯◯を見聞きした人々をも巻き込むというのですから、恐ろしいものです。

 

私は一体何をしているんだ