音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。音楽に偏りまくった脳みそ、感性で前のめりに世界の勉強をします!マイブームは建築です!よろしくお願いします!

音楽学から「シャセリオー展」をウォッチする1

さて『音楽学から世界をウォッチするブログ』

最近は音楽に関係ないことを書いたりと、かなり方向がそれていますが

今日は『シャセリオー展』について書いてみたいと思います!(模索にもほどがある)

 

『どこかに赴いたら必ず成果物を残しましょう。』

 

というフィールドワーカーU教授のこのシンプルな、しかしズボラな私には難しい言葉が好きなので成果物を残す癖をつけようかなと思う次第です。。。どうぞお付き合いください。

  

本題に入ります。

『シャセリオー展』@国立西洋美術館

本展はフランス・ロマン主義の異才テオドール・シャセリオー(Théodore Chassériau 1819-1856)の芸術を日本で初めて本格的に紹介するものです。

 今日ではフランス・ロマン主義を代表する画家に数えられるシャセリオーですが、37歳で早逝したことや代表作の壁画が破壊されたこともあって正当な評価が遅れ、フランスでも回顧展の開催は1933年と2002年を数えるのみです。本展では、ルーヴル美術館所蔵品を中心に、絵画約40点、水彩・素描約30点、版画約10点、写真や資料などによってシャセリオーの画業全体を紹介するとともに、師や仲間、そしてこの画家から決定的な影響を受けたギュスターヴ・モローやピュヴィス・ド・シャヴァンヌらの作品約20点もあわせて展示し、ロマン主義から象徴主義への展開、そしてオリエンタリスムの系譜のなかでその芸術の意義を再考します。今回の展覧会は、フランスでもその作品をまとめて見る機会が少ないシャセリオーの作品世界に触れる絶好の機会となることでしょう。(シャセリオー展公式ホームページより)

 

まず、シャセリオーとは誰だろう!

 

テオドール・シャセリオー(1819年9月20日 - 1856年10月8日)は、フランスの画家ロマン主義に属する。自画像、歴史画、宗教画、寓意的な壁画、それにアルジェリア旅行にインスパイアされたオリエンタリズム溢れる作品が有名である。10代の初めに師アングルに入門を許された早熟の天才だが、ロマン主義の潮流の中でしだいにアングルの古典主義を離れ、独特のメランコリックな情熱と抒情を湛えた作品世界を作りあげていった。(Wikipediaより)

 

時代を共にした作曲家には

フランスのベルリオーズポーランドショパン、ドイツのワーグナーなど。

このことからも考察できるように、シャセリオーが活躍した1940年代以降、ロマン派はムーブメントとしてやや落ち着いてきており、彼はいわば「遅れてきた最後の大物」的な登場だったとか。

日本に起きた出来事ですと、シャセリオー13歳の時に葛飾北斎の「富嶽三十六景」ができ、34歳の時にペリーが台場に来航しています。日本史に当てはめてもイマイチ理解が深まらないですね〜。

 

(驚いたことに、展示会場に入る前に見るシャセリオーについての紹介動画とWikiの第1項がほとんど同じ内容でした。。。)

 

さて、私が面白いと思ったのは、シャセリオーは師匠であるドミニク・アングルと芸術の方向性の違いから師弟関係を解消されてしまった、という点です。もともと新古典主義の巨匠アングルに才能を見出され愛弟子となったシャセリオーでしたが、ロマン主義に傾倒し、師匠から離れて自己の芸術を確立していくことになります。

 

ここは音楽学からウォッチせずにはいられないですね〜。

思い出すのは18世紀の音楽理論の最大の問題であった旋律と和声の優位性をめぐるブフォン論争(1750年代)です。旋律を重視するルソー(1712〜1778)は和声の優位性を強調しがちなラモー(1683〜1764)を攻撃しますが、貧弱な早期の音楽教育しか与えられなかった彼はかつて、ラモーの和声論を読み、写譜することによって独学で音楽を身につけたのでした。

 

このような歴史の皮肉はとても興味深く、ぴったりな上手いことわざもありそうです。芸術家の人間関係の基本に当たる師弟関係は美術も音楽もドラマがありますね。偉大な芸術家というのは師匠の教えを超えて自己の確立を実現させるのですね。私も含め身近では師の指示を必死に仰ぎ、師に近付こうとしている人が多いので21歳で自分の信じる方向に進んだシャセリオーはかっこいいです。。。

 

 続く