音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。音楽に偏りまくった脳みそ、感性で前のめりに世界の勉強をします!マイブームは建築です!よろしくお願いします!

ウィルヘルム君

全く、「最近はどうだい」とか聞かれてもね、僕の言っていることを他人がどう解釈するかなんて、100通りすべてを予想することはできないにしろ、そこに誤解や怠惰が入り込んでしまうことなんて、安易に想像できる。僕が無を愛し、無のために生きているんだという告白をしたら、誰かは「なるほど、お化けにとりつかれた話をしているんだな」と思うだろうね。

 

そんな風にお化けの話の定で聞かれてしまったら、君、それはもうどんなにうまい刺身を食べさせようと舌が鉄板のように熱いのなら、焼き魚になるだろう、それと同じさ。無論、カント哲学とはそういう心配事そのものさ。

 

もう遅いんだ。瞬間に変色し、ずれて腐れてしまった「ほんとう」しかキャッチできなくて、昨日は泣いたよ。僕ら、好きとか心地良いとかより、その腐敗のキャッチボールを回避するためいつも一緒にいたんだ。指が動かなくなるのが怖くてハノンをだらだらさらったんだ。

 

でもね、君。無をくれた人間が今もどこかで生きていて、新鮮な花粉を運んでは誰かの新たなアイディアのきっかけとなっているなら、不思議な話だけど、無とその人間は同一人物ではないんだろうね。同一だと思い込む主観的客観性みたいなものは、文字通り僕の勝手でしかないんだもの。僕はおとなしくお化けにとりつかれるままがいいんだろうね。もちろん、その人間が何かを憎んだり、無意味に傷ついたりしないよう、願ったりはするけども。

 

 

 

せっかく打った長文も

右上のボタンを長押しして

ぽぽぽぽ

と逆再生できるから

こうしてへいきな顔して

さあ帰ろうってできるね

 

 

誰かに言いたかったこと

どうしても言えなかったのか

グラウンドに体育座りすれば

砂いじりをしちゃう癖の延長なのか

みんなのつぶやきが止まらないね

ぜんぶ私だけに言ってくれても

良かったのかもよ

 

 

とりあえずね

どこにいても君のことを思ってます

っていう気持ちが

平安時代とか

ままとぱぱの時代とかよりも

この手の中で確認できちゃう時代だから

 

伝わらなくても

大きくなってしまう

 

 

 

 

 

まつげ

 

海の香りに起こされた。

 

さて今日の世界を見てみようと、瞼を押し上げるとき。そのとき、勇気がありすぎちゃって、まつげが一本はなれた。昨日は確かにくっ付いていた私のまつげが一本はなれた。

 

世界と目を合わす時あんなに邪魔だったはずのまつげ。あわてて拾い上げようとしたけど、見つからない。泣き出す。昨日の証人がもう、いないんだ。

 

海がしょっぱいのは、御伽噺の中だけだと、思いたかったな。

歯切れの良い文章が書きたいはなし

アン・ハサウェイみたいな

アン!ハサ!ウェイッーーー

余韻より、風がいい!

えびが死んだはなし

荒川で弟が釣って来たえびが死んだ。

2日で死んだ。かなしいなあ。とってもさみしい。とってもさみしい。いますぐ戻りたい。釣るんじゃなかった。耐えられない。だんだん、顔とか思い出せなくなる。あー、あー、

朝雨

あめが、灰色の空を刻む。

空を分断する営みは、冷たく、鋭い。

 

しかし、何が起きたんだろう。

 

ビニル傘に着陸したとたん、まあるく結んだ。水溜りに受け止められたとたん、輪になって響いた。

 

その夕、家へ帰ってあったかい布団で眠るんだ、と言う脳みそと歩く帰り道。わたしが、透明なえびになって空に溶けた途端。

 

愛とか死とか、全然気にならなくなった。

 

澄んだ空だった。

恐怖に耐えられない話

 

おそらく、人に姿を見られることが恐ろしいのではなく、人に姿を見られていると分かりながらそこに留まる時の、表情やら立ち振る舞いを見られることが恐ろしい。

 

いまとても、恐ろしい。