音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。音楽に偏りまくった脳みそ、感性で前のめりに世界の勉強をします!マイブームは建築です!よろしくお願いします!

李禹煥《線より》

 

 

 

一本の長い線をスーッと書く真似をして「美しいよね」と君が興奮していたのは、確か火曜日の午後だった。僕たちは目的もなく学校の裏の坂道を下っていた。身振り手振りで、その「半紙に書かれた、ただ一本の黒い線」について熱心に語る君のこころをちっとも理解出来ない自分が不甲斐ない。でもそんなのはいつものことで、その頃の僕はもう、彼女のその稀有な感性に触れられれば満足するようになっていた。身体のすぐ脇を車が通る、連られて風が早まる。

 

あれからもう、一年が経つ。

 

李禹煥の《線より》という作品に出会って、やっとわかった。

 

君は線を認識していたんではない。時を感じていたんだね。筆の流れ、紙を下る身体のスピード。僕は、今日やっと分かった。

 

「本当だね、美しいね」呟くこともできない。日曜日の午後。f:id:musicology0503:20181216183454j:image

れいめいブラームスの雨の歌を聴いていたら朝日が昇ってきた。なるほど、雨の歌を聴くと朝日が昇る仕組みなのだなと理解した。

 

人間は(少なくとも中央線ユーザーは)夢を見る以外に日々を区切れないし、雨の歌を聴く以外に、太陽を臨めないらしい。

 

いつかの宇宙人と時間軸を共にしてみたら、きっと世界が歪む。バイト先のかわいい常連にお釣りを渡す一瞬、その一瞬彼女の手が私の手に触れただけで世界に風が吹いた。もし宇宙人の香水の匂いを思い出したら、同じ風速で、そうだあの宇宙人は匂いが見える生き物だったんだ、と思い出してしまう。

 

今日も働くぞ。

 

 

 

 

 

音楽学という星座盤を夜空に透かしたら、見えると思った。世界とか人間とか。「わかった気になる」という、麻薬的な浮遊感がどうしても欲しくて、夢中で世界をピッチクラスセットに当てはめた。世界の葉脈標本を作ろうと、水酸化ナトリウム水溶液をゆっくりと温めていた冬の日、僕は彼女に出会った。彼女はやがて全てをぐちゃぐちゃにするんだけど、確かあの日はこう言っていたんだ。「よるが怖いの」と。

 

 

電球の切れた彼女の部屋でただボードゲームをしていればよかった。彼女のことなんて一つも知らなかった。

 

ただ彼女の耳の形や、「大丈夫」より「へいき」が口癖なのを覚えた。彼女の仲間や家族のことは何も知らなかった。

 

彼女が左手を膝に置いたまま、右手で箸を使うのを嫌だなと思いながらも何も言わなかったし、実際どうでもよかった。

 

ふたりでいると、いわゆる「楽」であって、あくまで独りだけど側に誰かいることが、プラスでもマイナスでもなく、平衡状態、着地点であった。

 

非常事態を旅と呼ぶなら、1番高い切符を買うと1番遠くに行けるのは、この世界の何よりも納得のいくことだ。

 

 

微笑みで蓋をした傷が目覚めるんだ。寄り添う場所を見つけて疼くんだ。

 

同じ痛みが聴こえるから。

 

 

いまみたいにこうして楽に生きていけるなら、僕達はずっと他人でいいし、何も考えずに幸せでいよう。

 

君の人生から出て行ったことで君の傷が忘れられちゃうなら、喜んで、もう僕は現れない。

 

 

何処かの国にどうやらいるらしい妹の事とか、僕はこの秋思い出さなかったし、君も平和そうだし。

 

 


幸せな子なのかと思ってた。あの時やっと気が付いた。音楽だけが彼女の喜びなんだ。

 


痛みを共有すること、痛みという絆で繋がること、互いの音楽を聴くこと。

 

 

 

君は僕が好きじゃないだけ

愛の代わりに痛みの絆があっただけ

 

 

かさぶたを剥がさない

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日毎日かなしいです。こんな風に生きている事、とても残念です。

 

藝祭も楽しかったけど、臭いのきつい芳香剤が脱臭には何の役にも立たないのと同じことです。悲しみは忘れられないのです。

 

自分より悲しい人を目の当たりにしたいので映画を沢山観ます。

 

絵画でも小説でも良いから、自分を慰められる作品を自分で作れる人間になっておくべきでした。

 

ブラームスの雨の歌がとても好きです。いっそ、雨の歌が絶え間なく鳴り響いてる脳内にイカれてしまわないでしょうか。

 

ひかるちゃんという名前の子がバイト先にいて、いいなと思います。

ひかるちゃん。ひかるちゃん。

シンプルに「輝きますように」という願いというか、気合いというか、優しい御守りみたいなものを感じます。いい名前だ。平仮名で、ひかるちゃん。

 

「人を許せると思う。」と、バイトをしながらふと思いました。理由も合わせて思い付いたんだけど、理由は忘れました。

 

大切なことは、いつも好きな人が教えてくれる。大切なことを見つけられるまで、頑張り切れる場所というのが、好きな人という場所なんだと思います

 

人を、騙したことがあるから、騙していた方の気持ちも分かる。痛いよ〜〜。かわいそうだな。わたしももう、人を信じられないけど、また懲りずに騙されるだろうな。信じれないけど、騙されることはできる。それでいいか。騙されやすいのは、信じる才能があるからだと思おう。

 

きっとこんな風な使い捨てを、私よりも君は繰り返してきたんだろう。胸が痛い。お疲れ様です。

 

私はタロット占いとか、お祓いとかで、この地獄を抜けるヒントを掴んだつもりなので、あとは一生懸命遂行するだけなのです。こういうのは、きっかけはオカルトであれ、とどのつまり、覚悟を決めれば良いことなのです

 

君にも教えてあげたいです。

 

 

 

当たり前の雑記

ほんとうのことを表現するのは

とても勇気がいる

 

 

本当のことを勇気を持って

表現すること

それが出来ないことが

してこなかったことが

今までの私の人生の不幸の理由

 

張り詰めた空気の中

果てしない気配りの中

言葉を選んで人を傷つけないように

ほんとうのことを喋る

 

うんうんと頷いてくれる人

目を合わせてくれない人

皆んなが何を思っているのか

てんで分からないけど

 

ほんとうのことを勇気を持って喋ること

これが必要で

これが私の人生に足りていなかったこと

避けていたことだと感じた