音楽学から世界をウォッチするブログ

音楽学を学んでいます。

聞いた話

駆け出した膝の裏は赤かった。

釣ってきたばかりのカサゴは言いようもなく美人で、蓬莱の玉の枝とかそういう類のものをいつも口の中で飼っていた。

 


ライ麦畑…

ライ麦畑だよ…

 


健太くんの寝言はいつもこの国のどこの灯台から見下ろす景色よりも鮮明であって、ミケランジェロの残したそれのように、地球上の生き物×2の数の目玉を先導していた。

 

 

 

牧場のにおいは日本の全ての都道府県のにおいのスペシャル・ブレンドだ。感覚と認知のノイローゼから解放された姫君が目を覚ました時、そばにあったもの、遠くで聞こえたもの、全てが世界だった。世界だけであった

12月30日

僕はここにいながら世界の果ての知らない生き物とキスをしていて、同時に6,600万年前の巨大隕石の衝突で空気が突然に熱くなる瞬間を背中に感じたところだ。

 

 

お前はあほかと聞かれたので、アホですと答えたら頰を思い切りパチン!とビンタされ、その頬をスタートに僕たちは一つになった。

ぶどうを味わう舌がぶどうになり、おしどり夫婦が千鳥足。

 

 

僕は、天竺を目指して6.600万年の旅を続け、ついに今日、人間の真髄であり最も人間たるものと言える脳みそに謁見する日を迎えた。

 

なんという長い道のりだっただろう。春も待った、夏も耐えた、秋も黙っていた、冬も噛み締めた。その道のりの中で脳みそは脳みそから離れ、僕のイメージの中で完全に美となりすなわち、完璧に世界の矛盾を網羅し始めた。

 

退屈な時間や、死にたい冬の日はもちろん、いまその波に流されていった小さな小さなウミガメの赤ちゃんも、なにもかも、全てがここにつながっている。

 

 

だがしかし僕は絶望することになる。脳みそに謁見した時、その脳みそはもう世界のたて糸とよこ糸との関係を絶っていた。パチン。もう脳みそは僕の望んでいる脳みそとどうしようもない程の距離を持ち、一切の像を結ばない。すなわち、それは自分のまつ毛のように、姿もないと同様なのだ。

 

今年を終わらせてしまったら、やっぱ、きっと、もっと、あの6月には戻れないんじゃないかと思う。それでも取り敢えずは、ここぞとばかりに忘年会でビールをなみなみと飲む。

 

この地球の地下を掘れば、綺麗なままの藝術作品が化石のように眠っている。それはギリシャからやってきた彫刻とか、革命の時生まれたピアノ・ソナタとか、はたまた1997年リリースの小沢健二天使たちのシーン』とか。みんな僕を一生懸命に励ましてくれるし、僕を励まそうなんて毛頭思って作られたものじゃない所がまた良い。

 

君が、宇宙の進化のエネルギーに耐えられなくて、今日も少しずつ死んでいくのを、許してあげたい。ずっと見守っているよ、君が何度死んだって、あんなに大袈裟に死ぬと言ったのにケロッと生き続けたって。

 

僕は、あと何年生きるのかも、いま立っている地面がどのくらい広い宇宙の一片なのかも分からない。つまり、これから何が起こり得るのかなんて一つも分からない。だけどもひとつ、馬鹿みたいに信じる覚悟が出来たんだ。

 

 

相変わらず、わからないことだらけさ。何もかも自分のものじゃないし、全てが「ナンチャッテ」で、儚い泡みたい。嫌になるよ。でも今の僕ならやっぱ、きっと、もっと、うまくやれる気がするから、どうか…

李禹煥《線より》

 

 

 

一本の長い線をスーッと書く真似をして「美しいよね」と君が興奮していたのは、確か火曜日の午後だった。僕たちは目的もなく学校の裏の坂道を下っていた。身振り手振りで、その「半紙に書かれた、ただ一本の黒い線」について熱心に語る君のこころをちっとも理解出来ない自分が不甲斐ない。でもそんなのはいつものことで、その頃の僕はもう、彼女のその稀有な感性に触れられれば満足するようになっていた。身体のすぐ脇を車が通る、連られて風が早まる。

 

あれからもう、一年が経つ。

 

李禹煥の《線より》という作品に出会って、やっとわかった。

 

君は線を認識していたんではない。時を感じていたんだね。筆の流れ、紙を下る身体のスピード。僕は、今日やっと分かった。

 

「本当だね、美しいね」呟くこともできない。日曜日の午後。f:id:musicology0503:20181216183454j:image

れいめいブラームスの雨の歌を聴いていたら朝日が昇ってきた。なるほど、雨の歌を聴くと朝日が昇る仕組みなのだなと理解した。

 

人間は(少なくとも中央線ユーザーは)夢を見る以外に日々を区切れないし、雨の歌を聴く以外に、太陽を臨めないらしい。

 

いつかの宇宙人と時間軸を共にしてみたら、きっと世界が歪む。バイト先のかわいい常連にお釣りを渡す一瞬、その一瞬彼女の手が私の手に触れただけで世界に風が吹いた。もし宇宙人の香水の匂いを思い出したら、同じ風速で、そうだあの宇宙人は匂いが見える生き物だったんだ、と思い出してしまう。

 

今日も働くぞ。

 

 

 

 

 

音楽学という星座盤を夜空に透かしたら、見えると思った。世界とか人間とか。「わかった気になる」という、麻薬的な浮遊感がどうしても欲しくて、夢中で世界をピッチクラスセットに当てはめた。世界の葉脈標本を作ろうと、水酸化ナトリウム水溶液をゆっくりと温めていた冬の日、僕は彼女に出会った。彼女はやがて全てをぐちゃぐちゃにするんだけど、確かあの日はこう言っていたんだ。「よるが怖いの」と。